三玖

十一月も半ばを過ぎて、すっかり日が落ちるのが早くなった。
まだ十八時にもなってない時間なのに外は真っ暗。
私はお客様が帰った後のテーブルを拭きながらつい何度もチラチラと時計を見る。

「あのねえ……時間が気になるのは分かるけど手もしっかり動かしなさいよね！」
完全に意識の外からいきなり響いた呆れ混じりの大声に私の肩はビクリと大げさな反応をする。

「ふう……さっぱりした」
お風呂から上がった私はパジャマに着替えて頭にタオルを巻く。
リビングの時計を見ると時計の短針はもう間もなく二十二時を刺すころ。私はスマホを握りしめて自分の部屋に向かう。

（そろそろ部屋に戻っておこうかな）

私はスマホを握りしめて自分の部屋に向かう。フータローが東京の大学に進学してから、中々会えない私達

思いも寄らないお泊り会もおわってしまって、もう私達に残された高校生活は少なかった。
-卒業まで残り100日-
私と二乃の料理の専門学校はもう終わってふたりとも総合選抜試験合格書を握っていた。四葉のスポーツ大学が今までの結果を考慮して特待生で入学できてつい先日合格書が届いたばっかりだった。

最近、三玖は面白くない。

季節は梅雨を乗り越え、夏に向かい、バカンスやら、ロマンスやら、アバンチュールなどなどの言葉があちこちから聞こえてくる頃。

とは言うものの、高３の受験生には縁のないこと。
そして、夏に向けてやって来る定期考査。

もちろん三玖も例外ではない。

『今年の東京の花火大会は…』
もう花火の季節か。
『地方の主な花火大会は…』
お気に入りのラジオを今日も流している。

大学生活も2年目に入り、間もなく前期終了まであと少し。
大学生活もまあまあ落ち着いてきた。

高校を卒業して三玖と正式に付き合いはじめてから、ずっと遠距離の付き合いが続いている。

と、言うわけでやって来ましたテスト当日。テストの内容も比較的簡単で、次のテスト範囲で作ってみた訳だが･･･果たしてどれほど点を稼いでくれるのか、少し楽しみでもある。 　 「しかしなんだ、このバカでかい建物は」 　 　あの五つ子が住んでいるこのマンション。下から見上げるとそのデカさがよく分かる。俺のアパートが十棟は入りそうだ。

どれだけの時間が経ったかな。

私は昨日のことのように高校時代を思い出す。

忘れられない思い出。

生まれて初めて恋をした私は、失恋した。

親戚になったことは嬉しいけど、私がなりたかったのは奥さんだ。

フータローと時々会えるけど、いつも四葉も一緒だった。正直四葉は邪魔でしかない。

「やっぱりコレ面白かったね
相手役に『愛してる』って言われて泣いちゃう一花を見てたらもらい泣きしそうになっちゃう」

さっきまで観ていた映画のクライマックスの余韻に浸りながら、三玖はため息をつく。
今日発売の一花主演の映画を俺と見ようと来る途中で買って来たらしい。

「映画館で観た時も毎回泣いてたじゃねえか
まだ泣けるのかよ」

なぁ、あんたなら世界最後の日に何を食べたい？
母親の作る肉じゃが？ 嫁の作るハンバーグ？行きたかった高級店のフルコース？
少なくとも店はやめておいた方がいい。
なんせ、世界最後の日に通常営業してる店なんてまず無いからな。あったとしたら、その店主はパニックで頭がおかしくなったんだそんな店の飯なんて食わない方がいい。
ん、なぜそんなことを聞くかって？

それは……

「はあ……疲れた……」 バイトが終わって十八時過ぎ。 ようやく家に帰り着いた俺は着替えもせずソファに倒れ込む。 今日は十二月三十一日。一年最後の日。 本当なら地元に帰省して五つ子達と新年を迎えようかと思っていたんだが、運悪くバイトが入ってしまい俺は人生初の一人正月というものを迎える羽目になった。

図書室の窓から見える止む気配のない雨に三玖は思わずため息を吐いた。 　 （家を出る時はあんなに晴れていたのに……） 　 　十一月だというのに、まるで梅雨のように激しく降り注ぐ雨に少しだけ憂鬱な気分になる。 　別に雨が特段嫌いというわけではないが湿気て前髪が張り付くのはやはり鬱陶しい。

「……んん」 　 人々が静まる夜。家々は深い闇に沈んでいる。 その中で明かりはといえば、ぽつぽつと灯っている街頭と大きな月がもたらす光。 そして夜空に瞬く小さな星屑達だけだった。 ブラインドの隙間から射す月光に、部屋の主は目を開く。 　 「ここは……？」 　 寝ぼけ眼をこすって辺りを見回す。

朝晩の冷え込みがだんだんキツいと思えるようになってきて、1年も残すところ２か月と少しとなってきた。 彼女は今朝もいつも通りに目覚まし時計をセットしていたのだが、それよりもだいぶ早く目が覚めた。 寒かったわけもない。 布団はしっかりかぶっていたので関係ない。 緊張感と期待で目が覚めてしまった。 シャワーをして体もシャキッとした。

「凄いなぁ…これがAクラス…！」 「座布団とちゃぶ台を見てると理不尽なぐらいの環境差ね」 「向こうの方が落ち着く」 「でもここで勉強が出来たら……うん、落ち着きませんねきっと」 「五月、冷蔵庫にお菓子が入ってるよ！」 「本当ですか！？」 「よしこれを持って帰ろう！」 　 初めて入ったAクラスに…というか冷蔵庫のお菓子に目を輝かせている五月さんと四葉さん、それと僕。

―――よお、待たせたな 文化祭の日、私の長い長い、実現不可能だと思っていた想いは成就した。 フータローの彼女になれた、私は思わず泣いてしまうほど喜んだ。 その時はそれだけで満足だったけど―――私は前よりちょっとずつ欲張りになってきてる。 「……おい、三玖？」 フータローの声で私は思考の渦から引き戻される。