五月

　それは、五月の妊娠がわかってほどなくした頃だった。

「もうわかりました！実家に帰らせていただきます！！」

「ああ！勝手にしろ！」

　俺と五月はお互い久しぶりに声を大にして、真っ向から喧嘩していた。
とある休日の午前中、まだ朝食を終えてさて今日やることは…と考えていたそんなときにとある議題について口論が勃発した。

やってしまった。

　いつもの昼食である「焼肉定食焼肉抜き」を持った風太郎は、食堂の席が埋まりつくしている状況を見て、そう思った。いつもは午前最後の授業が終わったらすぐに食堂に来るのだが、今日は授業で少しわからなかった箇所を先生に質問していたから出遅れてしまった様だ。

「上杉君、少しよろしいですか？」
「ん？　なんだ、五月。どうかしたか？」

近頃、他の姉妹の様子がどうもおかしい。
それぞれ時間を作って、家庭教師である上杉風太郎君と何やら親交を深めているらしい。

とはいえ、私にはどうでもいいことだ。
姉妹の誰が上杉君と仲良くなって距離を縮めようと私には関係ない。別に拗ねてなんかない。

「…」

ノートの上にシャープペンシルを投げ捨てると、風太郎はぼんやりと天井を見つめる。

ある事があってからこうする事が増えた事は風太郎にも自覚出来ていた。

『あんたを好きって言ったの』

告白、だったのは言うまでもなかった。

風太郎と四葉の結婚式のそのあと。
　２次会はホテルのバーだった。仲の良い友人や親戚がそれぞれの席で飲み交わしている。五月はその喧騒から少し外れたところでバーテンダーにお酒を頼んでいた。隣にいるのは、風太郎の妹のらいはだ。「五月さん、飲みますね」
「そう、かな？」

　あははと苦笑して、目の前のアレクサンダーをあおる。

「上杉くん上杉くん」

　

「……」

　

「上杉くん上杉くん上杉くん」

　

「……」

　

「上杉くん上杉くん上杉くん上杉くん上杉くん上杉くん上杉く」

　

「だー！　わかったよ！　わかったわかった!!　ほれ、やるよ」

　

「わかればいいんです。あ～んっ」

　

　

　ったく。暴食お姫様め。なんて悪態をつきつつ手元のクレープを渋々差し出すのは上杉風太郎。

風太郎「らいは、帰ったぞー」

風太郎「って、えっ」

五月「……お帰りなさい」

風太郎「……どうしてここにいる」

らいは「わたしが呼んだんだよ」

風太郎「らいは、どうして？」

らいは「今日五月さんとお泊り会するの」

風太郎「は？」

らいは「今日お父さんいないし、お兄ちゃんと二人だけだと寂しかったの」

らいは「……ダメ？」

風太郎「………………いや、しかし」

ぬぉぉぉぉぉ皆さんこんにちは～中野四葉で～す。
今日は半年ぶりに姉妹全員が集まるっていうことで上杉家に向かってま～す。
もちろん…公共機関は使わないよ～だって私が自転車こいだ方が速いもん！
あっ風太郎君の家が見えた！…ん?あそこにいるのは…三玖だ！
「おーい！三玖～！」
「あっ四葉…久しぶり」
「半年ぶりだね～」
「まさかとは思うけど自転車で走ってきたの?」

「フー君。おはよう」

　俺の朝は透き通るような綺麗な声によってふかふかのベッドの上で目覚めるところから始まる。

「ほら、仕事遅れるわよ」

　眠気瞼を擦りながら少しずつ身体を起こしていく。

「ん……二乃…もう朝か。…おはよう」

　声の主は俺の妻である上杉二乃。俺の自慢の妻である。

「なあ五月。俺と結婚してくれないか？」

それは皆で人生ゲームをしていた時だった。上杉君が爆弾を投下したのだ。

「う、上杉君！？何言ってるんですか！？」

突然のことにすごく焦る私とキョトンとした顔の上杉君。そしてその言葉に嫉妬している他の姉妹。まずいです。これは上杉君争奪戦が始まる気がします。ですが私だって上杉君のことが好きなんです！負けるわけにはいきません！

『まさか、ただの風邪で入院することになるとは…』

林間学校での無茶がたたり、上杉風太郎は入院していた。

『昨日はあいつらが来てくれたおかげで退屈しなかったが何もすることが無いと暇だな』

急な入院だったため勉強道具があるはずもなく、風太郎は暇を持て余していた。

そこへ コンコン とノックの音が響く。

『どうぞ』

2月下旬。5つ子全員の進学先が決まった数日後の事。
進学が無事に決まったことで風太郎は自分の時間が取れるようになり、
結論を出せずにいた一人を選ぶことも、そろそろどのような決断をすべきかを考えていた。

「よかったね、晴れて。」
「あぁ、そうだな。」
窓の外を見ていた風太郎の妹、らいは。

「なあ、五月」
「何ですか、今大事なところなんです」
「いや、お前さっきからそう言って俺と背中合わせしてるくせにずっとスマホ触ってるだけだろ」
「あなたもわからない人ですね。あと本当に少しで終わるので待ってください」

　大学生になっても相変わらず趣味の悪い星形のヘアピンとアホ毛をトレンドマークにしている彼女に座りながら背中合わせでピタリと密着され、干渉せずにぼーっとしてどれほど時間が経っただろうか。

高校3年の文化祭で両想いを確認し合った風太郎と五月。そんな２人は旭高校1番のアツイカップルとして有名となった。お昼は隣わせで食べたり、放課後は一緒に勉強したり、休日は食べ歩きしたり、風太郎の家に居候したりなど。ちなみにマルオから五月の生活費をかなりの額を受け取っているので五月が幾ら食べてもマイナスにならない。むしろ以前より黒字だ。

これは、上杉くんと四葉が交際を始めてしばらく経ってからの……私が彼へのこの気持ちを捨てきれずにいた頃の…なんてことはないお話。
私は職員室から出て、ため息をつきました。

「はぁ…」

　悩みの種は、手元にある一枚の通知。前回の模擬試験の結果通知でした。